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「何を助けたらいいのかを考えなくちゃならない」という負担をなくす

どうもこんにちは。
「助けやすいやつ研究家」細見豊です。

今日も助けやすいやつについてあれこれ考えて、1つ発見があったので記録します。

今日気づいたことは、やっぱり「助けやすいやつ」と「だらしないやつ」は違う、ということです。
どういうことかというと。
助けやすいやつを目指そうとすると、「わざと人にやらせる部分を用意しとく」みたいな、あざといことになってしまいそうですよね。
自分だけラクしようみたいな。
もしくは命令してやらせるのも近いですかね。
ONE PIECEのゲッコーモリアが「早くおれを海賊王にならせろ」と部下にいっているアレです。
伝わりづらい例えをすいません。

つまり、僕の思う「助けやすいやつ」は、「こいつ自分でやんねぇからやってあげよう」みたいのとは違うわけです。
もっと言うと、そそっかしくて、「もっとこうしたらいいのに…」とか「このままじゃ失敗しちゃうからやってあげよう」というのではないということです。

職場で皆さんを観察していたら、気づいたことなんですが。
おっちょこちょいで、ミスが多めな、でもいい人なおばさんがいます。
一見すると助けやすそうなんですよ、わかりやすいし。

でも捉え方によっては、
「関わったら自分も一緒にミスをしてしまいそう」とか。
「この人につきっきりになったら自分の作業に支障が出ちゃうな」とか。
もっともっとやらしい言い方をすると、助けても得がないんですよね。
助けることによってリスクがあるかもだし、自分が困っている時には手伝ってくれる余裕はなさそうなんです。
めちゃくちゃ嫌な言い方をしましたが、あえてロジカルに考えましょう。

もちろんいい人だし、一生懸命やっているので、失敗したら可哀想だし、上の人は怒らないといけないので、雰囲気は悪くなるし。
そういったものを未然に防ぐという意味でも、助ける意味はあります。
そしていい人なので、感謝もしてくれて、気分もいいです。

となると、結局は「そそっかしい人」になっちゃえば、助けてもらえまくりで美味しい気もしちゃいますが。
それだと誰も成長しないところがポイントかなと思います。
ミスがなくなるというだけで、プラスポイントではないということです。
それどころか、助けてもらっている間、どこかの作業は停滞するので、どう考えてもマイナスです。
助け合って相乗効果が得られないと。

なのでしたたかに、おっちょこちょいになるのは、やはり論外ですね。
※おっちょこちょいの人を責めている意味ではありません。
あくまで、「できるやつなんだけども助けたくなっちゃうやつ」になった方がいいのかなと思いました。

もう1つ気づいたのが、めちゃくちゃ単純なんですが
「助ける側の人は、相手が何に困っていて、何をすれば助かるのかが、すぐ分かると助けやすいなぁ」と思いました。
ここでもっと深堀りすると、助かる作業が「コレ」とパッとわかると、助ける側の、「何を助けたらいいのかを考えなくちゃならない」という負担が軽くなるとも思いました。
だから「できるリーダーは役割を与えるのが上手」なんて言いますが、まさにそれで。
命令するわけじゃなく、これをやってもらえると助かるなぁというのが、あくまで助ける側が自発的に発見したかのように設計できればいいのかな、なんて考えすぎですかね(笑)

でもだから
「手伝いましょうか?」
「ありがとう助かります」
と言うと、助ける側がめちゃくちゃ嬉しそうにしてくれるのかなと思います。
これをすると助かるのかも?という判断が肯定されたわけですし、できるやつが嬉しそうに感謝してくれていて気分がいいですよね。
助けてもらって嬉しいのはこちらなのに、それで人を幸せにできるなら、やっぱり「助けやすいやつ」は研究する価値がめちゃくちゃあると思ってます。
そして僕はそれが、結構得意なんじゃねぇかなと密かに興奮しています。

僕のこういった気づきが、誰かのお役に立てればと思います。