今さらながらコミュ力について考える
リングフィットアドベンチャーが愛おしくてたまらないほそみゆたかです。


さて今日は、「今さらながらコミュ力について考える」ってなタイトルです。
ぼくの思うコミュ力と、世間一般的なコミュ力ってもしかしてちょいとニュアンスが違うんじゃあねえのかい?と思ったんですよねえ。
とりあえずググった

スクショで失礼。
ググった内容的には、ぼくの思うコミュ力と合ってて、みんなの思うコミュ力も合ってるはず。
じゃあなんだろう、違和感があるんだよなあ。
もしかして、「勇気を出して話しかけること」がコミュ力だと思ってる風習、ありません?
リアクション芸
考察した結果、ぼくのコミュ力はズバリ、ただのリアクション芸なんです。
条件反射でただ反応してるだけなんですよね。
よく言えば聞き上手なんでしょうけど、そんなだいそれたものじゃなくて、ただただ、「ちゃんと反応する」をしてるだけなんですよ。
自分でも”世間一般的に言う”コミュ力はかなーり低いと思うんですが、それでもマンツーマンでコーチングをするという、コミュ力オバケしか出来ないトレーナーという仕事を生業としていて。
不思議だったんですよね昔から。コミュ力が高いのか低いのか。
こんなにも集団での言動を間違え続けるし、社会不適合だろうなあと思ってた自分が、なぜか1対1で話すのは大好きっていうのが。
人が苦手なわけでもないのに、人付き合いはかなり悪い。
#あらゆる集まりにいくことはないので誘わなくて大丈夫と断ってきた
#感じ悪いヤツ
それも今回の考察で腑に落ちまして。
集団だと、自分のリアクションは別に不要というか、全員の意図を汲み取るのは不可能というか。
その場でぼくが必要なポジションが特にないなら、じゃあいなくて良くね?ってなる。
「自分から必要とされる人間になろうとしなきゃ!」っていうのがコミュ力なのだとしたら、ぼくはまじでコミュ力がない。
そして人類の鉄則として、「求めてない人を助けようとするのは逆効果」というのがありますよね。
自分からポジションを開拓しにいくのって、不毛なんです。
ライブハウスでファンを増やそうっていう活動もそれに近くて、なので辞めたら全て繋がった。
コミュ力は「臨機応変に、空気を読んで」ってのが大事なわけですよね。
ぼくの場合はきっと、空気を読むのはそれなりに得意なんだろうけど、読んだ結果とる行動にセンスがない、ってなところでしょうか。
「苦手なフィールドには立たなくてイイ」ってことを学んで、徹底しているのが今です。
なんだか堅苦しくなってきたので、もっとポップに説明しましょうかね笑
気まずいから
リアクションってむずかしくない?
相手の気持ちを汲み取るのもむずくない?
って思うかもしれないけれど、ほんとそんなたいした話じゃないんですよ。
例えばご近所さんと遭遇したら、勇気を出して挨拶をしてみよう的なアドバイスがあるじゃないですか。
挨拶はイイことなのでもちろん推奨しますが、ぼくはそれをコミュ力とは思わなくて。
相手の気持ちを汲み取る他者志向がコミュ力とするならば、「無言は気まずくね?」と思うからこんにちはと声を出すのがぼくです。
これが結論ですね。かなりの名言が出ちゃったんじゃないでしょうか。
でも状況によっては、今こんにちはって言われたらむしろきまずいだろうなあって場面もあるじゃないですか。
そしたら、声を掛けない。あえて気づかないフリをするとかも、配慮ですよね。
レジで自分の前のお客さんが横暴だったら、自分は丁寧に振る舞ったら少しは店員さんの心は落ち着くだろうかとか、そんな感じですよ。
「気まずいスイッチ」はかなり陰キャでネガティブな能力だけど、結構大事な気がする。
もちろん人の気持ちなんて読めないし変えられるはずがないのだけれど、違和感を覚えるセンサーさえあればコミュ力と呼べると思う。
そして違和感に敏感でいることは、音楽に超絶必須スキルだなあと最近とーーーってもよく思う。
もはやそっちを鍛えるのが先じゃね?と思うほど。
リズムやピッチ。
表情やフォーム。
音を出した結果、人がどう感じるか?
期待を用意できているか?それに答えられているか?
辻褄は合っているか?違和感を残していないか?
音楽って、コミュ力ですよね。
うむ、イイ感じに落とせた笑
まとめ
いかがだったでしょうか?
集団にいるとアーニャのように脳内がぱちばちしてくらくらしちゃうコミュ力低すぎエスパータイプほそみですが。
たぶん、今日書いたことは、ぼくの中ではコミュニケーションの答えとして断言出来る思考です。
どなたかの刺激になれたらと思います。
では。