自責の念とかいう最強攻略法の話。
ついにポケモンGOに手を染めてしまったほそみゆたかです。
#恐れていたことが…



#近づきすぎて怒られるほそみ
#なでさせろ
さて今日は「自責の念とかいう最強攻略法の話」を書き留めておきます。
かっこよく言えば「潔く受け入れてたくましく前進する」ってことなんですが、ぼくとしては「どうせほそみなんてと秒で諦める」って感じです。
自責の念とは
読んで字の如く、「自らを責める思い」。
自分に責任があると考えること、ですね。
一見すると被害者意識なネガティブ野郎にも思えますが、全然違う。
責任、なんですよ。
誇りを持つと言ってもイイ。
反対は「他責思考」。
人のせいにすんなってなわけで。
とはいえ生きてると、自分のせいじゃない理不尽なことばかりで嫌んなっちゃいますよね。
でもそれも、自分のせいにしていくんです。
ここは「自分以外の全ては変えることが出来ない」というルールの世界線なのでね。
自分のせいだと考えることが出来れば、変えていけるので、対応出来るし、不満が生まれない。
自責の念は建設的なんですよ。
人生の攻略法のひとつだと断言出来るこの「自責の念」を、ちょっくら書き残しておきましょうかねえ。
例えば
堅苦しい話は抜きです。
例えばぼくが「ドッジボールクラブ」の一員だとしましょうよ!
#その例えで大丈夫か
たいして速い球が投げられるわけでも、体力があるわけでも、実績があるわけでもないとして、そんなぼくが、1番強いリーダーに推薦され、1軍のチームに入れて貰えてるとしましょうよ。
そこで考えるわけですよ。
ぼくの役割はなんだろうと。
なんで選んで貰えてるのかなって。
例えば、強さや実績じゃないのであれば、
いつでも真剣に頑張るとか、仲間のために行動出来るとか、ルールや規則を遵守するとか、まとめると「しっかりしてる」みたいな部分。
つまり、強さランキングではなく、チームメイトとして信頼を置いて貰えてるのではないか、と考えるのです。
そこを買われているのであれば、有り難く頑張れるわけです。
つまり、ぼくもリーダーを信頼出来る、わけですな。
というか、ぼくがそこを何より大事にしているので、そういう例えばなしです。
さてここで、誰しも学生の頃に経験したであろう事件を想定してみます。
リーダーから呼び出されたぼくは、「おれの悪口を言ってるらしいな!」と言われ、1軍から外されてしまうとします。
#みんなあったよね?
この例えで「自責の念がおすすめな理由」が全て説明できると確信しているのですが、いかがでしょう?笑
そこであなたならどんな行動を取りますか?
取ってきましたか?
自責の念なら一発解決☆
「信頼を築けていなかったぼくのせいだな」
これで終わりです。
無論、悪口なんて言ってないのが前提ね。
「言ってないです!」
「誰から聞いたんですか?!」
これらは無意味で、そもそも人から聞いたってだけで排除されてしまう程度の信頼関係なんてこれ以上固執しても仕方ないのです。
本当に大事な人なら、嫌な噂を聞いたとしても、まず噂を疑い、ぼくを信じる。
あまりにも噂や悪口をよそで聞くようになったら、ぼくを心配する。
そしてぼくに確認や相談をする。
これらをすっ飛ばして、一緒になって「嫌い!」ってなるようならそのレベルってことですよ。
なので「犯人探し」も、「無罪証明」も、いらないんです。
悲しい話ではありますが、これを自責の念と捉えるとじゃあなにが建設的かっていうとですね。
ひとまずこれを受けて無駄にジタバタせずに済む。
おおごとにもなっていかないでこの件は終わる。
そして自分の何が至らなかったのか思考出来るので成長に繋がる(かもしれない)
まあこのへんはオマケで、1番の利点が、
「そんな程度の低い人たちだったんだ」と答えが出る。
これに尽きます。
この世は多数決なので、悲しいしシンドイですが、この先関わっていってもイイ関係になれない人たちを割り出せた、と考えるんです。
というと人のせいに見えますか?
違いますよ、「見る目がなかったぼくのせい」です。
「気づかず身を置きそこにい続けたぼくのせい」なんですよ。
とっとと次の人たち、まだ見ぬ仲間たちに会う機会を増やすべきで、
反対にいうと、ドッジボールクラブでジタバタしてると、出会いや成長のチャンスを潰し続けているとも言えるわけです。
#ドッジボールクラブの例えいらなかったよね
ついでにもう一つ例を出して想定してみましょう。
「反論しないのか」
「この程度のことで辞めるのか」
と言われたとしましょうよ。
答えは、何を言われようとも「ごめんなさい」して去る、です。
信頼関係にはミスやうっかりや、”試す”なんてのも存在せず一発アウトなので、関係を築けなかった自分のせいという結論は揺るがない。
リーダーが決めることに、反論もなにもないんですよ。
喧嘩する必要もない。悪いのは自分ですから。
なので感謝を伝え、ごめんなさいして去る。
縁が切れない去り方も、自責の念の成せる技だと思ってます。
まとめ
いかがでした?
こう考えている人、もしかしてあまりいないのかもしれないと昔から思っていて。
いつかここに記しておこうと思った次第です。
ほそみが、結局ネガティブなんだかポジティブなんだか分かんなくなる理由がここにあると思います笑
とにかく建設的。それがネガポジどっちでもイイんですよ。
自分ってキャラクターを操作するプレイヤーとして、ゲームを楽しまなきゃ。
どんどん冒険を進めようぜ。
以上!また堅苦しくなっちゃったなあ笑